2025年は民藝運動が誕生してから100年を迎える節目の年です。
京都市京セラ美術館で開催された特別展「民藝誕生100年―京都が紡いだ日常の美」では、民藝の原点と京都との深い関わりが紹介されました。
このコラムでは、展覧会の内容や京都ゆかりの場所を通して、暮らしや住まいを見つめなおすきっかけとなる民藝の魅力をご紹介します。
●特別展から見える暮らしと美のかたち
特別展では、民藝運動がどのように生まれ、どのように広がっていったのかが京都を軸に紹介されていました。
その内容を暮らしの視点から分かりやすくご紹介します。
・民藝運動の出発点を示す展示
民藝の思想が生まれるきっかけとなった木喰仏が、本展の冒頭で紹介されていました。
「木喰上人地蔵菩薩像」は、柳宗悦が無名の職人の手による造形に美を見いだした象徴的な作品であり、民藝思想が芽生えた背景を知る手がかりとなっていました。
柳はこの仏像との出会いを通して、河井寛次郎・濱田庄司らと交流を深め、後の民藝運動の基盤につながっていきます。
・京都で息づいてきた工芸の姿
京都で受け継がれてきた木工や陶芸などの手仕事は、暮らしの中で使うことで美しさが生まれる「用の美」を体現しています。
会場では、上加茂民藝協団で活躍した黒田辰秋や青田五良の木工芸、さらに河井寛次郎や濱田庄司、バーナード・リーチらが「民藝館」や「三國荘」のために制作した陶芸作品が展示されていました。
これらは鑑賞のためだけでなく、暮らしの中で使われることで美しさが宿る器や道具であり、民藝が生活文化と結びついて発展してきたことを示していました。
・京都で民藝を支えた人々の足跡
民藝が京都で広がった背景として、作家だけでなく商家や文化人、建築家など多様な支援者の存在が挙げられます。
展覧会の特徴として、京都で民藝運動を支えた人物たちの資料が豊富に展示されていました。
英文学者の寿岳文章、京菓子老舗の鍵善良房、祇園十二段家の食文化、さらに民藝建築を推し進めた上田恒次の設計資料などが紹介されていました。
このように、民藝が京都の生活文化全体と深く関わってきたことが伝わる内容となっていました。
こうした展示を通して、民藝が単なる工芸運動ではなく、思想や人々の営みと深く結びついて広がっていったことが分かります。
次の章では、その背景となった京都という土地と民藝との関係についてご紹介します。
●京都と民藝の関係をひもとく
京都で民藝が深く根づいた背景には、工芸文化が育まれてきた土地柄と、人々の多様な関わりがあります。
ここではその関係をたどりながら、暮らしや住まいに息づく民藝の価値についてご紹介します。
・思想家と作家の交流が生んだ発展
民藝が京都で広がるきっかけの一つとなったのが、柳宗悦と河井寛次郎の出会いでした。
河井の創作や生活観に触れることで、柳は「職人の技と日常の美」の価値をより深く認識し、民藝運動が大きく進展していきました。
京都には作家同士が自然に交流する環境があり、思想が広がりやすい土地柄だったのです。
・生活文化としての工芸が根づいてきた背景
京都に民藝が根づいた背景には、日常の道具にまで美を求める工芸文化があります。
たとえば西陣織や京焼、染織などの手仕事が受け継がれてきた風土により、「暮らしの中の美」という民藝の思想と自然に結びついていきました。
・地域の支援者と職人が育てた民藝
京都で民藝が根づいた理由の一つに、多様な支援者の存在があります。
商家や文化人、建築家などが民藝に関心を寄せ、作家たちとともに運動を支えたことでその広がりが一層強いものになりました。
●暮らしと建築で感じる民藝の精神
展覧会は会期を終えましたが、京都には今でも民藝の精神を体感できる場所が多く残されています。
暮らしの営みや建築空間を通して民藝の思想に触れられるこれらの場所は、住まいづくりを考えるうえでも大きな気づきを与えてくれるのです。
その代表的な場所を3か所ご紹介します。
<河井寛次郎記念館が伝える陶芸と暮らしの美>
・河井寛次郎記念館とは
河井寛次郎は、陶芸家であると同時に、「暮らしそのものを創造の場」として捉えていた人物です。
彼が実際に暮らし制作を続けた住まいは「河井寛次郎記念館」として京都市東山区で公開されており、建物・作品・生活空間が一体となった民藝の精神を体感できる場所となっています。
・見どころ
記念館には陶房や登り窯、素焼窯などの制作空間だけでなく、土間や居室、家具や調度品までが当時のままで残されています。
陶芸や木工、書、デザインといった手仕事とともに、当時の暮らしの様子までもが一体となって伝わってきます。
・登録有形文化財に登録された建物の魅力
河井が自ら設計した建物は国の登録有形文化財に指定されており、芸術性と生活性を併せ持つ貴重な空間として大切に保存されています。
京都の町家の意匠が使われた寄棟造妻入や出桁造、囲炉裏付の板敷広間などには、「美は特別なものではなく、使うことで生まれる」という「用の美」への思想が色濃く表れています。
<大山崎山荘美術館にみる建築と暮らしの美>
・大山崎山荘美術館とは
京都の天王山にある「アサヒグループ大山崎山荘美術館」は、実業家・加賀正太郎が大正から昭和初期にかけて建築した山荘を修復して会館した美術館です。
加賀氏自らによって設計された英国風の洋館を中心に、自然豊かな庭園と現代建築の展示棟が調和し、歴史ある建築と芸術を同時に味わえる空間として親しまれています。
・見どころ
加賀氏自らが設計・監修した本館は、イギリスのチューダー・ゴシック様式とハーフティンバー方式が使われています。
鉄筋コンクリート造や鉄骨なども使用され、外観のクラシカルな印象とは対照的に、耐久性と機能性を備えた建築となっています。
館内には暖炉やステンドグラス、タイル装飾などが残されており、当時の優雅な暮らしの雰囲気を今に伝えています。
さらに、本館のテラスからは三川合流の雄大な景色を望めるため、建築と自然が一体となった特別な空間を味わえます。
・新旧が響き合う建築の魅力
敷地内には、安藤忠雄の設計による半地下構造の展示室も設けられ、歴史ある洋館と現代建築が共存する独特の景観を生み出しています。
建築・芸術・自然がひとつにつながるこの場所は、民藝が大切にした「暮らしの中の美」を、空間そのもので体感できる美術館といえるでしょう。
<民藝建築を実践した旧上田恒次家住宅主屋>
・旧上田恒次家住宅主屋とは
京都市左京区にある「旧上田恒次家住宅主屋」は、民藝の精神を建築の分野で実践した建築家・上田恒次が、自らの住まい兼工房として手がけた建物です。
河井寛次郎の思想に深く影響を受け、「暮らしそのものを器としてつくる」という民藝の考え方を、空間として住具体化した貴重な建築といえます。
・見どころ
自然素材を活用した素朴な佇まいが特徴の主屋には、民藝建築の精神が随所に表れています。
たとえば、木や土の質感を活用した切妻造や桟瓦葺、漆喰仕上げ、ベンガラ塗りといった伝統的な民家意匠が特徴的です。
住宅と工房、さらに窯が一体となった構成からは暮らしと仕事が深く結びついた民藝建築の姿を感じられます。
・京都に残る民藝建築の足跡
旧上田恒次家住宅主屋は現在も京都に残る貴重な民藝建築のひとつで、器や工芸とは異なるかたちで民藝の精神を伝える存在です。
この建物を知ることは、民藝が工芸だけでなく、住まいや生き方そのものへと広がっていった流れをより深く実感できます。
これらの建築や空間に触れることで、民藝が大切にした「暮らしと仕事が調和する住まい」の姿をより深く体感できます。
●まとめ
民藝誕生100年を迎えた今年、京都で開催された特別展は民藝思想の広がりや京都との深い結びつきを考える良い機会となりました。
展覧会は終了しましたが、京都には今も民藝の精神を伝える工芸や建築が息づいており、その魅力を実際に体験できます。
私たち竹内工務店でも、民藝のように「暮らしに寄り添い、使うほどに味わいが深まる住まいづくり」を大切にしています。
民藝の思想を反映させた住まいにご興味のある方は、ぜひお気軽にご相談ください。
最終更新日:2025年12月17日投稿日:2025年12月15日